昭和54年12月16日 報徳祭



 只今は麗しく、報徳のお祭りが仕え終わらせて頂きました、本当に素晴らしいお祭りでした、これ以上の麗しさは形の上では、もうこれが最高だろうとそんな思いでした、皆さんの一生懸命の思いがお祭りの形になって現れ、二代金光さま、三代金光様への報恩のお祭りに、ふさわしいいわばお祭りでした。四神さまは皆さんもご承知のように、二代をお継ぎになった金光様で僅か十年間の間ですけれども、お取次ぎの御をなさって御隠れになられました。
 その十年の間にそれこそ御道の信心が東に西に伸びて、日本全土だけではない海外にまで発展すると言う様な、おかげの基礎をお作りになられた。三代金光様は皆さんもご承知の通り御歳僅か十四歳、四神様が亡くなられて、その後をひた受けに受けられて始めの間は「辛ろうてつろうて泣いた、よう泣きました。」それはそうでしょうね。十四歳位で朝の4時から、夕方の4時まで座っとにゃならんのですから、表でお友達が遊びにくると「摂ちゃん」遊ぼうと、声がすると御結界をそっと立っておられた。
 そこに偉い先生方が座っておられて、「金光様!」と「もう泣く泣く辛抱なさった」という。三代金光様の御教えで一番実感的に素晴らしいのは、「金光様の信心は信心辛抱する事が一番大切でございます。」ご自身のそれこそ身も心をもって、体験なさった事でございましたが、始めの間は辛うて辛うてよう泣きましたが、段々親様の仰せだからと思うて座っておりましたら、「思うことが第一なくなった」といわれる。素晴らしいですね「あぁ在りたいこう在りたい」という思いがなくなるですから。
 そこにあるものは有り難いものばかり、あれを食べたいと思わんのに、そこに食べるものがあるのですから、もう丸とそのまま有り難い。あれが食べたいこれが食べたい、今日はイッチョあれをせんかというて、せてよかった、ちょっと甘かったの辛かったのとなってくる。「思うこと」がなくなる。欲しいものがなくなる我欲がなくなる。「有り難う手有り難うて、その御礼の足りないお詫びばかりを致しております。」とご述懐なさっておられます。しかも人の世に又とあろうとは思われない。
 70年間という間をおおしくお勤めになかったんです。その間にはもう様々な事が日本のお国としてもございました、教団の上にももうそれこそもう本当にそれこそ大変な事が、教団の大きな事件がありましたり。お広前が御炎上になりました、それこそ様々、そして日清戦争、大東亞戦争と言う風に信心をして参りまして、そして終戦そして敗戦という事になったんですから、もう御一代七十年の間に様々な事をご体験になられた。そのさなかに合楽教会の事にも、三代金光様のお取次を頂く事になり。
 親先生からもう本当に置いたものをとるようにして、おかげを頂いて親先生も喜んで下さって、どげんな良い信者が出来るだろうかと思いよって下さっただろうと、それがそれこそもうどうにも出来ない事になって参りました。もう右と願ったら左、左と願ったら右と親先生もホトホト、これはどうしたことだろうかと思われる程しであったであろう、もうそれこそ、これは私がお取次させて頂いて実感する事ですけれども、ご信者がおかげを受けられない時。
 「これほど一生懸命信心するのに、本当にどうしてこの人はおかげを受けられんだろうか」と思いよる時、「これはまだ自分の祈りが足らんのだろう」と思って一生懸命祈りもするけれども助からない。もう取次者ぐらい本当に切実に思うたら、もう私共の様にまぁほけん事ならいいですけどね、そういう意味で大変な御苦労をお掛けしました。そして私は親先生に私は申し上げました、「もうとてもこれは私のここでお取次頂いてお願いしても、願い通りのおかげになるとは思われません。
 私ぐらいの者でもやはり神様の願いが懸けられておるのに違いがない。」それはそう思います。「ですからどうぞその神様の願いが成就いたします様に」と言う様な願いに変わってまいりました。それからがまぁいよいいよまぁ本格的な修行と申しましょうか、その修行が始まりました。そういう自分に毎月ご本部へ親先生のお供して、ご本部参拝させて頂きますので、金光様にある時親先生がお伺いになりました。
 私のこれからいよいよ「本人はこれから商売でおかげを頂きたいと申しておりますけども、どういう道をたどらして頂いたら。」と言う事をお伺いになりましたら、直ぐお答になりました。「お道の教師としておかげを受けられたら結構であります。青天の霹靂とはこのことだろうと思います。金光様の先生なんてもう親先生方のご修行を見てますからね。またお徳を頂いた方のその修行を聞いていますからね、とても私ぐらいの者に出来るとは思われませんから、本当に青天霹靂でしたけれども。
 けれどもやはり神様の御一言で私の腹は、それこそ確かに定まりました。まぁそれからまぁいろいろとご修行をさせて頂きまして、いろんな先覚の方達がなさったと言った様な修行も真似方さして頂いたですけれども、おかげにならんから、これは私のまぁ本当に思い付きでした、それは「私の上に起きてくる様々な事柄、問題、それを神様が私に求めたもう修行であると言う様な頂き方、もう一切を修行で受けますという信心が、今から思うと今日のいうなら合楽理念と申しますかか、合楽の御比礼と申しますか。
 その元を成しているのでございます、いわゆる成り行きを大切にする、成り行きを尊ぶ、もう本気で受けると決めたらどの様な事でも、はぁもうこれだけは受けられんと言うことはございませんでしたよ。いよいよ今朝からの御理解ではないですけれども、今日のこのお祭に、報恩のいわばお徳に報いるお祭り、二代二柱の神様方に対する、九州の大恩人である四神様、合楽教会が今日あるのは、三代金光様の一言で決まった。もう苦しい時どんな時でも、金光様に御取次を願うお伺いをさせて頂きますと。
 金光様はもうある時にはもう大変厳しく、ある時にはやさしく「氏子が神様任せなら、神様が氏子任せになると仰いますから。」これは大変な事ですよね 神様が私任せになって下さるという「氏子が神様まかせなら神様が氏子まかせになる。」とおうせられますからそういう御教えを頂くたんびに、もういよいよ強く頑張らせて頂く。椛目の時代にもう両親が入ります、あのう八畳の部屋が出来ました時でした、私がそこへ休ませて頂いていたら、お夢を頂いた。
 ちょうど三代金光様、お広前御本部へ参拝さして頂いて、こう言う風に御結界がこうあります、私はどっかあの辺のところに坐っておる、そしたら金光様がお立ち上がりなってから、さぁどこにおい出られるじゃろうかと思うておりましたら、そのちょうどあの辺に座っとんなら、金光様はそのへんの処に、斜めにこんな処にお座りになって、じぃとお座りになって、ちっとも私の方にかえられて深々と頭を下げられる、私は勿体無いからと言うて、私が声を上げて泣いとりましたら、母がどうしたかどうしたかと言うてびっくりして入ってきた事がございました。
 金光様がどうして私に手をついて頭を下げておられるのか、とこう思いますけれども、当時教会又は私を教師にと言った様な、いろいろな信者さん方の運動が御座いましたけれども、どれ一つとして打ち上げられる事は、ある時に行って今の教務所長が、今の次長の時代でしたけれども、どういう訳ですか、いんやそれが合楽でないならね、すぐ教会になるとじゃから、「合楽だからなんですよ。」とまぁうち合って話をして下さった事が御座いますように。
 先ほどの末永先生じゃないけれども「もう絶対駄目だ本部からはあんたがもしあちらに行くと、他の事まで禍る様なことになるから、もう断念する他はない。」と言うて最後のいうならば決が下されたんです。どんなにバタバタしてもだからおかげが頂けるはずがない。神様がまぁいっちょ向こうの方では、ちゃんとおかげを下さる、このお広前が建立されてそして始めて、私の検定試験のお許しを頂き教職を頂いて、そしてここが出来あがった時には私ここに初代教会長として。
 ここで私が初代教会長としておかげを頂けるような、まぁ華やかなですかね素晴らしいおかげの中で、ここで開教式をさせて頂きました。そういう働きがね、私共どうしてどうしてとこう思っているけれども、どうしてでない訳です、そういう晴れがましいおかげも下さろうとする、神様のお働きに行くよりほかになかったんです。段々その辺がもういよいよ分らして頂いて、分かれば分かるほど。
 それこそ教祖様のお言葉ではないですけれど「あれもおかげであった、これもおかげであったと分かるようになると、本当の信者じゃ」と。だんだんその本当の信者であると言う事が分かってまいりました、そしてあれもおかげこれもおかげと、最近はそれを開けてみれば愛というけれども、開けてみらんでも愛なのだと今分かってきたんです。日にちが経ってみなければ分からんというのじゃなくて、もうそこにあるもの全てが神愛だと言う頂き方が段々出来るようになって参りました。
 これが本当のものと言う事ではありませんけれども、私は今日のご大祭を頂して貰うて、まぁ本当に真善美と言う事をここで言われますけども、本当に真善美輝く様なお祭だったなぁと思いました。ご信者の重い真心例えて言うと、ならみんなどのお三宝一台一台でも、もう最高の物これより上の物」と言った様なものが、最近ここ2、3回あの甘い物があのあぁいう物には何時もケーキがお供えになさっとりましたけれども、あんまり大きく中味が美味しくない、そしてこうだらしくなったり着いたりしてから汚れる。
 そこでいろいろ工夫して、ご本部方のお饅頭あっちこっち頼みましたけれども、私の気に入るお饅頭がひとっつもない、そこであのうお饅頭をお供えをなさる方達が色々工夫して、福岡の「しのみや」のお饅頭を頼まれるようになって、それも太さ小ささいろいろ変えて頂いて今日のこれに定まった。これで定まったという感じ、ですからこれ以上の事は出来ないのです。これ以上の事はないのです、洋酒は洋酒でも世界で最高のもの、日本酒なら日本酒で日本でいっち番最高のもの。
 しかもこの御神前にはばからない程しのお供え物、もうこれ以上の事ないいわゆる形の事は出来たと言う事でございます。だからこの内容がこれからいよいよ開けてくる、そこに始めて合楽の信心が本当のものだと、言う事になるのじゃないでしょうか。あれは言うならば形になっただけなのだと。今朝の御理解の中にも申しておりますように、「信心すれば誰でもお徳が受けられる、尽きると言う事がない。」御理解第二節、その誰でも受けられるという御神徳を果して幾人の人が頂いて来ただろうか。
 金光教の信心が始まって百年例えば、百年の間に本当のご神徳を受けられたという方は数える程しかいない様な気がするんです。どうして教祖様は嘘を教えておられるのだろうか。と思う程しですけれども、結局「真の道におりながら真の道を踏まぬこと」であり。真の信心を求めていないからだと言う事になります。「信心すれば誰でも」と仰るのは「真の信心をすれば誰でも」と言う事でございましょう。
 教会にご縁を頂いている、毎日日参をしとりますというだけでは、だからおかげにならんのです。おかげにはなってもいうならご神徳にはならないのです。あの世にも持って行けこの世にも残しておけるというものにはならんのです。そこで私は今日のこの報徳の御祭に、何をもって神様へ報いる信心とさせて頂くか、神様がお喜びなさるお道が喜びなさるげなというて、今日なんかお神酒なんか沢山、神様は果たしてお神酒でお喜びなさるだろうか、大きなお魚でお喜びなさるだろうか。
 腹かきなさる事なないでしょうね。はぁやっぱ賑やかでいいですよね。けれどもねそれが真の信心と言う事ではないのです。何をもって神様へお礼のお祭にさして頂くかと、今日は今朝の御理解二節を頂く前に、昨日は教典を開かして貰いましたら、あのう御理解と書いてあるすぐ横は真っ白ですね、だから白紙ということから御理解を頂いた、今日はその御理解の「御」という字を頂いた、そして神様にお願いして開かしてもらったら、御理解第二節であった。
 その御理解二節を、今日はあのように聞いて頂いたんですけれども、今日は言うならば、本当に誰でもがおかげのほかお徳が受けられる信心、そういう信心を日々家業の上に、信心修行の上に、取り組ませて頂いておりますと言う事が、取りも直さず御二柱の神様方に対する、このまま行けば私でもお徳が受けられるだろう、と思われる真の信心を踏んまえての信心の稽古をさせて頂いております、と言う事が神様への一番の御礼だろうと、今日は申しました。
 そんならその神様が喜んで下さる、お徳の頂けれる信心とはどう言う事か、「締めて幾ら」昔品書きがしてあって締めて幾ら、今日は「締めて」と言う事を頂いた、私共の一年間の信心を振り返って締めて幾らになるか、締めてどういう信心で結ばれているかと、言う事の最高のものは全ての事に、御理解の『御』の字、全ての事に御の字を付けさせて頂けれる、おかげを頂いておりますと言う事だと言う事でした。
 全ての事に「御の字」が付けられん、それは付けられん時もある腹が立つ様な事もある、悲しい思いをする事もあるけれど、本当を言うたら御の字をつけなければならんのだけれども、こちらの力が足りませんから、本当の事が分かっておりませんから、不平や不足不幸に思うておりますけれども、形の上だけでもこれは神愛の言うなら姿た、ただ形だとその事を御事柄として、御成り行きとして「御の字」が付けられる様な、信心を体得させて頂きつつ一日信心の稽古家業に心行に。
 合楽理念の実験実証に一日を過ごさせて頂く、こういう信心を頂いておると言う事、こういう信心を教えて頂いたと言う事が、有り難いというのが今日の二柱の神様に対する、一番最高の御礼だと言う事です。又そういう意味で合楽にご縁を頂いて はなみつだいをする事を覚えた。もう土の信心に極まったと土の信心に徹しておられる方々は、そういう信心が頂ける様になった教えて頂いた、分らして頂いたと言う事が、今日の二柱の神様に対する所の御礼だと言う事です。
 そしてこれならば間違いのないと言う事でございます。先日からある教会の御信者さんが、偶々と言う訳でもなかったでしょうけど、ここの十三日会の日に丁度ひと月、この前の十三日会、ここでは一番大きな研修会ですから、もう新館いっぱいの朝から御用頂いて、一時からその研修会に加わる、合楽の事は聞いておったけれどもね、もうこんなではなかろうとまぁ思うておられたのでしょう、そしてお話を頂いて、真の信心、真の信心を、もう長年の信心を頂いておられる。
 毎月月の始めには先生に来て頂いてお礼のお祭をなさる、同時に御先祖のひれいのお祭もされる、ご自身は毎日日参をなさる、まぁそこまで教えられそこまでお育てを頂いておると言う事は、まぁ私共はね今のお道の信心者の上ではもう最高だろうと。毎朝日参が出来てね御本部には毎月月参りをなさる、そして毎月一回は謝恩のお祭をなさる、御霊様のお礼のお祭もなさる、これだけでも言うならば模範手本といわれる位の信心を身に付けていきよるですけれども、その事だけではおかげになりませんと言う事なんです。
 そして偶々合楽におかげを頂いて、お話を頂いておれば頂いておるほど、なるほど言うならば焦点が違っておったと事に、だんだん気付かせて頂いてそれでも心の底から真の信心が頂きたい分かりたいというて言われる。
 また翌日見えた「先生私にどうぞ合楽の信心の 今生粋真の信心を一つ教えて下さい。」といわれる訳なんです「そんな大変な事を一口で教えられるもんか」また実際教えられもませんしね。けども折角ですからどうかいわにゃいかんと思うて、神様にお願いしてみた、それで「○○さんそんなら今日からいよいよ土の信心に徹しなさい。」ここでは天の心地の心といわれるが、最近はいうならば天の心は限りなく麗しくしかも潔ぎよい。信心に対する所の土の信心、言いたい事もあるけれどもそれこそ黙って治めるいう信心、信心とは徹する事です一事でもいいから徹しなさい。というてお話をした事でした。
 そしたら明くる日からそれから毎日参ってこられる、それでも商売に出られて夕方しか帰って来んけれども、何かしきりに家に帰りたい。帰ってみたところが表は錠が掛って家内は買い物か何かに行っているらしい、そしたら中で電話がジャンジャン掛かってきておる、それでまぁ合鍵を持っておられましたでしょうから、開けて中に入られて入らして頂いたら、いままでかって無かった、それこそ自分の商売なら商売が、これから又新たな方向になるだろうかと、思われる様な話が電話で伝わってきた。
 合楽でリズムを言う事をいわれるが「これがリズムだなぁ」と実感したといわれるのです。そういう言うならば天地の奏でるリズムに乗りに乗って、一日信心の生活をさして頂く、なるほど合楽でいわれる信心は楽しいもの有り難いもの、しかも愉快にさえがなってくるといわれる、合楽理念に基ずいての生き方が最近出来ておられる。それからその一日経ってからでしょうか、神様から真の信心と言う事を頂かれた。真の信心とは○○建設のお役に立つことだという意味の事を頂いた。
 合楽建設とは頂かなかったけれども、十三日の時にお話を頂いて、合楽の今信徒会館造営中でございますが、これは教会長が思い立ったのでもなからなければ、信者が思い立ったのでもない。まさしく神様が思い立たれたんだなと、思われるようなお話を頂いて、神様が先頭に立って、あの御造営をなさっておられるのだと、それに私共が奉参をすると言う事は、神の願いに答える事だ、神の思いと一つになる事だと言う事が、分かって来た感じられて来た。
 おかげで他の教会で熱心にご信心なさっておられるんだけれども、これは一つその合楽のご造営に奉参させて頂こうと言う事になったんです。そして私はそれを聞いて思う事は「成る程真の信心とは神様が先駈けておられる、神様が為さっておられるその事に奉参することだ。」と言う事が分かります。私の人情とか私の欲望でこうなんでも為されておる、そして自分の人知人力をもって為そうとしておるのに、奉参すると言った様な事は、だからこれは本当の信心真の信心ではないと言う事になる。
 そういう形の上においてはです、そういう真の信心がいわゆる、神の願いに答えられる様な信心をさして貰いながら。それこそ天地日月の心になる事肝要であります。いわゆる合楽でいわれる、成り行きを尊び成り行きを大切にさしてもらう、いよいよ土の信心に極まった、いよいよ天の心にその事に取り組ませて頂こう、しかもその芯にこう為すものは「信心辛抱」「信心には辛抱することが一番大切でございます」という、それを貫かせて貰うと言う事なんです。貫かねばいけませんよ。
 それにはやはり貫くと言う事に本気にならなけねばなりません。いうならばおかげを受けたとか受けなかったとか、自分の思いが成就したとかしなかったとかと言う事ではなくて、その事を通してその事を持って、私共がいよいよ信心の稽古をさせて頂く。今度の報徳祭に参りましてから、奥城で頂きました事でしたけれども、ちょうど九日の日福山へ、松屋旅館という大きなホテルがございます。その二階が日本間が二つあります、福山のご信者さん方がそれを手配をしとって下さる。
 この前の教祖大祭からそうさして頂いている、今度も私が行くというので、皆さん沢山集まっておられました、そして私の話を聞いて下さった。明くる朝はお朝食がまだ早いから出来ません、それで信者さん方がもうそれぞれに、朝の朝食に準備してから二階までホテルまで運んで下さった、その中におそうさいの中に天ぷらのがあった、それがちょうどあのう干し柿のような形、干し柿にして天ぷらにしてある、干し柿じゃないけれども干し柿のように一見みえるような天ぷらです。
 東京ではこれを天ぷらと言うこの辺ではてんぷら、その朝頂いた天ぷらを、私はあのう奥城で頂いたんです、その大きなその柿の天ぷらが柿の様な天ぷら、私は頂いた時に愕然とした。ここでは御理解に天ぷらのお知らせは、「中味がない」と言う事、天ぷら工事と申しましょう、中味がいい加減な事をしておると言う事、私の信心がいい加減のものではあるけれども、神様からそういう目なめ算に、言われたり教えられたりすると、本当に愕然とする。
 そしたら神様からそれに仮名ずかいで字でてんぷらと頂いた、天保何年というあのてんぽ天に保つやわら教徒のおられるね、成る程私の信心が「これがよいとも、これが立派とも思いませんいつも、ですからいよいよより本当な、いわゆる合楽理念が完璧に入ったといっても完璧の域に入ったのであって、これはもう限りなく続けられていかなけばならないもの、いわば大きく豊かに又は深く深遠なものにしていかなければなりません。
 だから自分のものがこれで良いとも、これが本当だとは思いませんけれども、願いは本当の処に置いてあるから、神様が本当の事が出来たかの様にして、おかげを下さってあるのが、今日の合楽の御比礼ではなかろうかと思う。なら今日のお祭ももうこれに非の打ち所がない、洋酒だけはもっちっとよい洋酒がありゃしなかったじゃろうかと、もうそれこそお野菜1本に至るまでも、もう本当に吟味に吟味を重ねられての真心が、こめられておるのが今日のお祭。
 しかもご神前に溢れるようなお供えである、形の上においてはね、じゃから神様が出来ておらんのじゃけれども、出来たかのようにしておかげを下さっているのが、今日のお祭。今日のお祭を境にいよいよ内面的なもの、本当のもの中味がいい加減でないものに、いよいよ取組ませて頂かなければならない、その焦点も。私はお徳が頂けると仰る、その信心に、今日のお祭に神様が、何が一番喜んで頂くかというと。そういう信心に向きを変えております。
 一日をいうなら合楽理念に基ずいて、信心の稽古をさせて頂いておると言う事が、神様に対する一番のお礼であろうと、私は今日申しておりますように、その信心にいよいよ本気で取組ませて頂く。そこには神様が出来んけれども、出来たかのようにしておかげを下さってある。皆さんの場合でも同じ事、合楽にご縁を頂いてもう絶対のもの、間違いのないもの、真の信心とは神様の働きと信じられ感じられる、皆さんがここで合楽信徒会館のこの造営を見ながらです神乍らなもんだなぁと。
 本当に神様が建て為さるんだなぁと思われたら、それに奉参さして頂く事が真の信心、神様の願いに奉参する。私はこの事は○○さんにお夢を頂いて、はぁ真の信心とは手近かなところにあるんだなと思うた、そしていうならば信心内容はどうかというと、全てのことに御の字が付けられる心の状態を、いよいよ本当のものにして行くと言う事なんです。繰り返し合楽で言われるのはもうこの事ばっかりです。私の話を聞いて下さっても、又その話かと言う事ですけれども。
 私の話は私自身が実験し、私自身がそれを実証していっております、ですから皆さんに伝わらない筈がない私はそう確信する、口だけじゃない私もその道を歩いているんだと、だから皆さんもその道を歩かれると言う事が、ここにご縁を頂いている方達の信心姿勢ではなかろうかと、言う風に思うのであります。もう今年も残す事後僅かでございますけれども、今日の朝頂きました締めて幾ら、締めて今年を締めくくった時に、何をもって神様に御礼とさして頂くかと言う事を今からでも遅くはない。
 本当の事を実験でき、本当の事を実証して、はぁこの道さえ行けばは大丈夫だと言う様な事が、それこそおぼろげながらでも分らして貰う、今日の舞いのお供えをさして頂いて見せて頂きながら、何か胸がじぃんとこう熱くなるのを感じる、どうしてだろう別に声が違うでもなかつに、どうした事だろうかと思いよりましたらね、あの上着がね紫の上着を着てる、下の大口が柿色あのうそれなら合楽の色をいわれる、あのうしてましたでしょ。そしてあの舞いを「うす紫」というものだった。
 皆さんが御理解に問いだされるように、例えば紫の色を頂いたら安心だということ、安心のおかげということ、まだ合楽の信心がポヤッとうす紫の様な所ではなかろうか、けれどもこれもうす紫これも、いうなら合楽色をもって舞っておるあの姿に、私は神様が感動を与えて下さったんであろうとこう思うのですけれども、うす紫からいよいよもって濃い紫になる程しの信心を、いよいよ身に付けていきたいと思います。
   どうぞ。